なぜマンションは建替えられないのか  

投稿日:2020年09月06日 作成者:福井英樹 (2792 ヒット)

廃墟化の第一ステップは「資産価値喪失」

私は分譲マンションの廃墟は、ふたつの重要なステップを踏んで進行すると考えている。

最初に、そのマンションの「資産価値喪失」が起こる。そのマンションの資産価値がおおよそ500万円未満になることを、ここでは「資産価値喪失」とする。

こうなると、そのマンション自体の存在意義が問われていくので、管理組合のモチベーションが著しく低下する。

詳しく説明しよう。

資産価値が500万円を切ると、区分所有者たちがそのマンションを所有していること自体に関心が薄れる。特に、非居住者にとってはそうなる。賃貸に出していて、賃料収入が得られていれば別だが、空室になっている場合は、

なおさら関心が薄れる。やがて、管理費等を滞納するようになる。

管理費や修繕積立金を滞納されると、管理組合には入ってくるべきお金が入ってこなくなる。それでは困るので、支払いの督促をかける。督促業務は、通常管理会社がおこなうが、督促している主体はあくまでも管理組合だ。

督促しても支払われない場合、その住戸の競売を申し立てることになる。このときに、競売の諸費用や弁護士報酬などを差し引いても、滞納している管理費等をほぼ全額回収できるギリギリのラインが500万円なのである。

もちろん、この500万円は、滞納額の多寡によって変動する。滞納額が100万円程度なら、300万円で競落されれば元が取れるはずだ。ただ、滞納額が100万円であっても競落を申し立てるには、初期費用を百数十万円ほど用意しなければならない。これはあまり現実的ではない。

また、競売を申し立てる場合、申立人は個人か法人でなければならない。その管理組合が法人化していない場合、理事長の名前で申し立てをおこなうことになる。競売といえども、裁判の一種である。その当事者になるのを嫌がる理事長も多い。

このように、資産価値が失われることで管理費等の滞納が増えると、管理組合は督促に追われ、あるいは複数の競売案件を抱えることになる。その場合には、管理組合の事務能力が問われる。

あまりやる気のない管理組合だと、滞納を放置するケースが多い。すると、必要な収入が得られなくなる。入ってこないのだから、支払うほうも滞る。

最近、マンションの管理業界は売り手市場だ。長引く人手不足によって、管理人が集まらないのだ。だから、管理会社は業務を委託してくる管理組合に厳しい目を向けている。問題のある受託先は遠慮なく契約を解除される。

支払われるべき業務委託料が払われなかったり、理不尽な減額を要請されたりすると、管理会社は即座に「業務受託契約解除通知」を送りつけてくる。この場合、その解除日を過ぎると管理会社からは誰も来なくなる。

 廃墟化の第二ステップは「管理不能」

管理費が徴収できずに、必要な管理業務や保全がおこなえなくなる状態が「管理不能」である。こうなったマンションは、ほぼ確実に廃墟化する。

たとえば、エレベーターは定期点検をしなければ作動できない。受水槽は定期的に清掃しなければ水道の水が濁る。ヘンな臭いも出てくる。清掃する人がいなくなった共用部分は薄汚れていく。自転車置き場は乱雑なまま放置される。掲示板には古いお知らせがずっと残ったままになっている。マンションのなかで、どこかに不具合が発生しても補修できなくなる。マンション全体がなんともみすぼらしくなっていく。

そのうち、住む人が少なくなっていく。住みにくくなるからだ。するとますます管理不全状態は進む。やがて、誰も住まないマンションになってしまう。これこそが廃墟化だ。

廃墟化すると、ホームレスが住みつく可能性もある。何かの犯罪に利用されることもありえる。野犬などが住処にすることも考えられる。あるいは、建物の破壊や、その一部が剥落して地上に落下することで、敷地外に被害が及ぶかもしれない。そういった場合の法的責任も、管理組合にある。管理組合が機能していなければ、一人ひとりの区分所有者が責任を負うことになる。

たとえ廃墟になったマンションだったとしても、区分所有権は法的に存在する。だから、これを行政機関なりが取り壊そうとしても複雑な手続きが必要だ。また、うまく更地にできたとしても、それをまとめて誰かが買い取ることは出来ない。もとの区分所有者が、それぞれ有していた床面積割合で敷地の所有権を有しているからだ。区分所有者全員の同意がなければ、その敷地の所有権は動かせない。

今の区分所有法では、そのまま放置するしかないのが現状だ。

 

こういった廃墟化への進行を留まらせるのは、一にも二にも管理組合の手腕である。管理組合さえしっかりしていれば、廃墟化を防ぐことができる。その好例を湯沢町のリゾートマンション群に見ることができる。

すでに湯沢町のリゾートマンション群は、「資産価値喪失」という廃墟化への第一のステップには十分に達している。だが、あのリゾートマンション群の管理組合の多くは、次のステップである「管理不能」という状態に陥ることに対して、頑強に抵抗している。

たとえば、競落額は300万円未満であっても、果敢に競売を申し立てている。その住戸の滞納分を回収できなくても、おかしな人に競落されて、再び滞納が発生するのを防いでいるのだ。管理組合が自ら競落したあとは、管理費等を払ってくれる人に売却しているとか。その一連の動きは、そんなに簡単なことではないかもしれない。しかし、放置するよりも何十倍もマシな結果になると思える。

 

 それは結局お金であった

マンションという鉄筋コンクリートでできた構造体を維持するには、じつのところ、けっこうな手間ひまとお金がかかる。そのお金は誰が出しているのかと言えば、区分所有者だ。彼らが払っている管理費と修繕積立金が、そういう費用に充てられている。

そのお金が、日常の管理業務をおこなっている管理会社に支払われる。あるいは修繕工事をする建設会社に支払われる。

もし、その金が足りなくなったらどうなるのか?

それは「管理不能」の項で述べたとおり、廃墟化への大きなステップとなる。結局のところ、廃墟化に進むかどうかという問題は、区分所有者にきちんとお金を払ってもらえるか否かにかかっていると言っていい。

都心のマンションも安心できない

この点、資産価値が500万円未満にはなることはまず考えられない都心エリアのマンションでは「資産価値喪失」は起こらない。だから安心してもよいのだろうか。あるいは、数千万円以上の価値を持つマンションの区分所有者は、所有への意欲を失わないので、管理費等の滞納などは起こり得ないと考えてもいいのか。

私は少子高齢化している日本社会の現状を考えれば、都心立地にあるといえども必ずしも安心できないと考える。

今は問題なくとも、この先、永遠に払ってくれるかどうかはわからないのだ。

たとえば、高齢の区分所有者がマンション内で孤独死したとする。相続人を探したが、見つからなかった場合、その住戸の管理費と修繕積立金は誰が払うのか?

マンションが老朽化すると、そこに居住する区分所有者も高齢化しているケースが多い。高齢化すると、収入も細くなる。払いたくても払えない状況に追い込まれる区分所有者も出てくるはずだ。

マンションは、老朽化するほど管理費や修繕積立金の滞納が多くなると言われている。都心のマンションといえども、老朽化が進めば管理費等を滞納する、あるいは滞納せざるを得ない区分所有者は増えてくるはずだ。

そういった場合、大きな問題となる前に、早めの対策を講じるのは管理組合の役割。しかし、現行の区分所有法では迅速な対応を不可能にしている面が多い。

 建て替えは全国で274例のみ

まず、2017年末時点で日本には約644万戸の分譲マンションのストックがある。そして、2018年4月時点で建て替えられたマンションは、計画中の物件まで含めても274件しかない。2017年末時点で築40年超のマンションは全国に72.9万戸ある。右記はいずれも、国土交通省が発表している統計データーだ。

2017年の40年前と言えば、1978年。それ以前は、大規模マンションはかなり少なかったので、平均で一棟50戸と考えると一万4580棟。このうち274棟の占める割合は1.8%ということになる。274棟がすべて築40年以上とはかぎらないので、この数字が絶対に正しいというわけではない。ただ、理論的に1.8%より増えることはないはずだ。

結論を言えば、ほとんどの老朽マンションは建替えられない。これが現実だ。

なぜ、建て替えられないのか

ほとんどの老朽マンションが建て替えられない理由を、順番に説明しよう。

まず、建て替えられない理由は圧倒的に経済的な問題である。

前出の274件の詳しい中身に関するデータはない。しかし、その中身は大体想像がつく。まず、その大半は、建て替え前の区分所有者の負担金がゼロのケースだろう。つまり、元の所有者は建て替えに関しては一円も払わずに、建て替え後の新しいマンションのなかに、元の住戸と同等程度の広さの新住戸を確保できたのだ。なぜそういうことが叶なのか?

建て替えが実現するマンションのほとんどは、容積率に余剰分があった場合だ。容積率とは土地の広さに対して建築できる建物の床面積の割合。これは地域によって定められている。1000㎡の土地の容積率が400%だったら、その土地には延床にして4000㎡までの建物が建てられる。

仮に、1000㎡の土地に立っている老朽マンションの床面積が2000㎡で、その土地の容積率が400%なら、建て替えたマンションは床面積を4000㎡まで増やせる。増やした2000㎡分の床面積は、新たな住戸として販売する。そこで得たお金で、元の区分所有者たちの住戸の建築費を全額充当してしまうのである。そうすると、元の区分所有者の負担はゼロになる。

さらに、増えた2000㎡分の売却で、建て替え事業の主体となったデベロッパーの利益まで出る仕組みだ。こういう条件をすべて満たした老朽マンションでは、建て替えが割合スムーズに進む。274棟のケースの大半が、右記のようなスキームのもとに実現したのだと推測する。

仮に「一住戸の負担が1000万円なら建て替えできる」という老朽マンションがあったとしよう。その物件が東京都港区にあって、50戸くらいの規模なら、なんとか実現するかもしれない。なぜなら、そういった場合は「新しい住戸には入居しない(もしくは区分所有権を欲しくない)」という方がいても、一住戸あたり3000万円とか5000万円でデベロッパーが買い取ってくれるからだ。

「だったら売ってでていく」

そういう人を含めて、50戸すべての区分所有者が同意できる可能性がある。しかし、これが100戸になると、「何がなんでも反対」とか「自分は死ぬまでここで暮らす」なんて区分所有者が何人か出てくるかもしれない。たいていは高齢者。老朽マンションの区分所有者は、高齢者の占める割合が高い。

そうなると、区分所有者全員の合意が形成できなくなってしまう。全員が合意しないと、手続きがスムーズに進まなくなる。

法的には全体の五分の四以上の区分所有者が賛成すれば、計画自体を前へ進めることはできる。ただし、全員が合意した場合と比較して、手続きはかなり煩雑になる。だから、デベロッパーもやりたがらない。その結果、建て替え自体がとん挫することもある。

 

建て替えをしたい老朽マンションの容積率が余っていない場合、建て替えのための取り壊しや再建築の費用はすべて区分所有者の負担となる。

現状、マンション一戸当たりの建築費は2000万円を超える。30戸程度の小さなマンションなら2500万円かそれ以上になる可能性も高い。それが全額区分所有者の負担となる。加えて、建て替え期間中の二年前後の仮住まいにかかる費用も、区分所有者負担。普通に考えて数百万円はかかるはずだ。

さらに、容積率が元のマンションの床面積と同率であればいいが、場所によってはオーバーしている場合がある。その老朽マンションが建設されたころと比べて、規制が強まっているかもしれない。その場合はいわゆる「既存不適格」となる。こういう建物を再建築する場合、新しい規制を守らなければならない。

たとえば、前述したように、1000㎡の土地の場合、老朽マンションができた時は400%の容積率だったのに、現状では300%に規制が強められていたらどうなるのか。その老朽マンションが400%ギリギリまで容積率を消化した状態にあったとすれば、建て替えたあとは、300%を守らなければならないので、床面積は元の広さの75%になってしまう。

ー2500万円払って、元の住まいよりも狭くなる。

こういう条件をすんなり飲める人は少ないはずだ。全区分所有者の五分の四が、そういう条件を飲める老朽マンションがあるとは思えない。

老朽マンションに出口戦略はない

このように、現状の区分所有法やその他の建て替え関係の諸法、そして行政が課してくるその他の建築規制を遵守しているかぎり、この国で絶え間なく増殖している老朽マンションを建て替えることは、一部の幸運な例外を除いてほとんどない、のである。

では、いったいどうすればいいのか?

ハッキリ言って答えはない。今のところ言えることは、

ーーー管理組合はしっかりと建物のメンテナンスをしましょう。

これにつきるわけである。

そのためには、管理組合の活動を活発にして、区分所有者たちの意識を高めましょう。イベントなどを開催して、区分所有者同士の交流を深めましょう。マンション内のコミュニティ活動を活発化させましょう。理事会では理事同士の交流を深めるために親睦会を開催しましょう。

はたまた、理事会には建物保全を専門とする分科会を作りましょう。その分科会には、区分所有者のなかから建築の専門家を募って参加してもらいましょう。大規模修繕工事は、実施の三年前から検討会を作って協議しましょう。補修工事を発注する場合は、必ず相見積もりを取りましょう。必要とあれば、大規模修繕コンサルタントに依頼しましょう・・・・・等々。

以上のようなことは、マンション管理に関するさまざまな記事や書物に出てくる内容である。どれもこれも、ありきたりな内容ばかり。

ハッキリ言って、これらすべてはキレイゴトである。そういうことをすべてやっても、マンションの老朽化は止められない。ましてや、区分所有者の老朽化も止められない。

すべてのマンションは老朽化する。そして最後には取り壊すか、建て直すしかない。その冷厳な事実から目を逸らして、目先の些事にかまけることに、なんの意味があるというのか。

日本の分譲マンションには、きれいな入り口がある。新築マンションの売り出しと、購入者の入居。分譲マンションにとって、このふたつのイベントがもっとも華やかな瞬間である。まさに、一瞬の頂点。

それが過ぎると、あとは数十年後か100年後、あるいは百数十年後にやってくる「終わり」に向けて、日々進んでいくわけである。

そして、この国には分譲マンションの「終わり」を想定した出口戦略がほとんどない。わずかにあるそれは、まったくの出来損ないか、もしくは未完成品である。

すべての分譲マンションの区分所有者が今考え、さらに立ち向かわなければならないのは、管理組合のなかで「みんな仲良くしましょう」という目先のイベントを企画することではない。

分譲マンションという、制度的には未完成とも言える日本の住居形態は、必ずや「終わり」のときを迎えることを正しく認識し、その終末期に向けてどのような道筋をつけるか、ということである。

今はまだハードランディングである廃墟化しか見えていない。そこで、ここからはもっともなめらかに終末ヘといざなえるソフトランディングについて考えてみたい。

以上、「すべてのマンションは廃墟になる」榊淳司著 イースト新書 第六章「何故マンションは建て替えられないのか」より抜粋。

上記「ソフトランディング」については、第7章以降に掲載されています。ご興味があれば、当該本編をご覧くださいませ。非常に参考になります。

 


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